With The Alchemist~エメラルド・タブレットを求めて~
2006-05-01T22:41:34+09:00
ke-dabu
ことば探しの旅をのんびりと綴って行きます (HNは ナベ といいます)
Excite Blog
反省
http://alchemistz.exblog.jp/3343612/
2006-05-01T22:41:33+09:00
2006-05-01T22:41:34+09:00
2006-05-01T22:41:34+09:00
ke-dabu
プロフィール
稚拙で論理的でない文章が目立ちました。
読み手を意識しない一方的な駄文で、読者の方に無用な混乱を与え、
不快感を感じられた方がいらっしゃたかもしれません。
皆様にはご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます。
今後は文章力に磨きをかけ、相手に伝わる文章を心掛けるつもりです。
何かと至らない点も多々あるとは思いますが、よろしくお願い致します。
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好奇心
http://alchemistz.exblog.jp/3270553/
2006-04-21T06:54:17+09:00
2006-04-21T06:54:17+09:00
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ke-dabu
雑感
子供は人間としてよりよく成長し、結果的にさまざまな能力や知識を身につけます。
能力や知識が身につくのは、あくまで結果です。
逆説的なようですが、ここが大きなポイントです」
-『子供の潜在能力を101%引き出すモンッテソーリ教育』
佐々木信一郎著 講談社 2006年 P98より-
交流分析によると、私たちの人格を形成する“自我状態”は、
親(Parent)・大人(Adult)・子ども(Child)の3つのパターンがあるということです。
さらに細分化すると、
親(Parent) →批判的な親(Critical Parent)
→保護的な親(Nurturing Parent)
大人(Adult)
子ども(Child) →自由な子ども(Free Child)
→順応する子ども(Adapted Child)
という5つのパターンに分けられます。
たまには自分の中の“子ども”を意識して、
自分と対話をする時間を作るのも面白いのではないでしょうか。
また、“相手の中の子ども”を意識してみるのも、
いつもとはまた違った視点を得られるかもしれませんね。
直観力や創造力といったものは、
自由な子どもの視点での発想が出発点でしょうから。]]>
再構築
http://alchemistz.exblog.jp/3262439/
2006-04-20T00:44:51+09:00
2006-04-20T00:44:51+09:00
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ke-dabu
ことば
おなじように組織化するための効率的なシステムをつくりだす必要がある」
-『3歩あるくとすべて忘れてしまうあなたへ』ゲイリー・スモール著 2003年 文藝春秋 P137より-
成長というのは“ただ伸びる”という一面のほかに、
“破壊と再生”という一面もあるのでしょうね。
自己治癒には痛みが伴うけど、その分、得られる物が大きいのかもしれません。]]>
観察力
http://alchemistz.exblog.jp/3255099/
2006-04-19T00:05:19+09:00
2006-04-19T00:05:19+09:00
2006-04-19T00:05:19+09:00
ke-dabu
雑感
-『3歩あるくとすべて忘れてしまうあなたへ』ゲイリー・スモール著 2003年 文藝春秋 P48より-
カウンセリング技法のクライエント観察技法ほどではないけど、
日常生活においても“観察力”というのは大事なことだと思っています。
好奇心を持つこと、集中できる心の余裕を持つこと。
そうして積極的に観察することにより、様々な情報に触れ、
それが結果、洞察力や直観につながるでしょうね。
計画立てて余裕を作らないと。。。]]>
心くばり
http://alchemistz.exblog.jp/3248122/
2006-04-18T00:24:00+09:00
2006-04-18T00:28:38+09:00
2006-04-18T00:24:53+09:00
ke-dabu
体験記
人はそれぞれベストな人生を送っていると信頼し感情的に揺れないことだ」
- 『コミック ユダヤ人大富豪の教え②』 本田健=原作 大和書房 P186より-
先々週の週末はNRにアシスタントとして初参加。
懸念していた天気も春のような陽気で逆に暑いくらいでした。
まだ桜も綺麗に咲いていて、気持ちのいい風景も楽しめましたし^^
途中で激しい雷雨に見舞われ、右往左往したのはご愛嬌。。。
セルフツリー~リラクゼーション~箱庭とメニューを終える毎に絵を描いて皆とシェアをするのですが、一連のストーリーができている参加者もいれば、その時の体験から大きな気づきを得て絵が劇的に変化する参加者もいて、各者各様で面白さを感じました。
丁度一年前、自分が選んだセルフツリーを選んだ参加者の方がいて、
当時の自分と重ねて見てしまい、コメントに熱が入ってしまいました^^;
森には階段を上がってから入るのですが、その木は入り口付近の切り立った崖のギリギリのところに立っていて場所はあまりよくないのですが、どんな風にもびくともしないくらい太い幹と四方に伸び伸びと伸ばした枝、そして一番目に付くのはその先に咲いている新芽の数々。
無骨な幹と目に鮮やかな緑のコントラストが印象的な木でした。
同じ木を見ていても、参加者と自分の感じ方が異なるところが多かったのも面白いところ。
自分はこの木から“表現すること”をの大切さに気づいたのですが、
その参加者はまた違った“何か”を得た様子でした。
今回改めて思ったのは、人にはそれぞれ自分のペースがあるということと、
それを尊重することの大切さ。
そして、頭ではわかっていても行動に移せていない自分がいたこと。
全体を通して参加者から感謝の声も頂けましたし、
提供者側として初めて見える多くの気付きがあり、とてもいい経験ができました。
個人的に印象に残ったのは、宿のおばさんと交わした桜の木の会話です。
自分のスペースを与えられて育った桜は早い時期に自分の綺麗な花を咲かせるけれど、
十分なスペースを与えられなかった桜は自分のスペースを求めて上へ上へと一生懸命、
幹を伸ばしていくそうです。
そうしてやっと自分の枝を自由に伸ばせるスペースを見つけたとき、
初めて花を咲かせるのだということでした。]]>
第2章
http://alchemistz.exblog.jp/3168927/
2006-04-07T01:32:02+09:00
2006-04-07T01:32:02+09:00
2006-04-07T01:32:02+09:00
ke-dabu
カウンセリング
「そうかもしれないね。でもこの場合、何かもっとこう“敗者となる前に自らを敗者と思うな”
とか、もしくは“最後の最後まで自らを敗者と認めるな”ということじゃないかと思うんだ。
と言うのも……」
-『寓話セラピー 目からウロコの51話』 ホルヘ・ブカイ著
めるくまーる 2005年 P36より-
今週末は目標にしているNR(ネイチャー&リラクゼーション)に、
アシスタントとして参加予定。
受ける側では想像できなかった地味な準備の連続で、
少々(というか、かなり)お疲れモード^^;
まあ、風の日は風の日の過ごし方もあるわけで。
初めてのことだけに期待と不安が半々だけど、
流れをある程度予想できるのは心強いかも。
もちろん、気を引き締めて望むことは言うまでもないけれど。
願わくば晴れますように!]]>
共同体
http://alchemistz.exblog.jp/3168783/
2006-04-07T01:14:00+09:00
2006-04-07T01:16:54+09:00
2006-04-07T01:14:05+09:00
ke-dabu
ビジネス
「死にたくはないけど、役に立てたら嬉しいだろうなって思います」
-『風雅天明』高里椎奈著 講談社社 2006年 P331より-
印刷業界で資材購買を8年間続けてきて感じたことは、この業界は不良率が以上に高く、非効率な部分が多いということでした。
ミスの発生に伴い、応急処置的な作業を優先しなければならなくなり、予定の管理ができなくなることが多々あります。そのために、“予定通り”ならば起こらなかったであろうミスを誘発する原因にもなり、後手後手に回ることになります。
個人的に対応策等を考えた結果見えてきたこと、不良が出る大きな原因のひとつが、
ヒューマンエラーということでした。
これは仮説ですが、本人も自覚していない隠された怒りが、
“無意識的にわざと”ミスを起こすことがあるのではないでしょうか。
“ムダ・ムリ・ムラ”を徹底的に排除するシステムを構築しようとすると、
逆にヒューマンエラーを誘発する可能性が高いのではないかと感じています。
人は人間的な扱いを受けないと怒りを覚えますが、それが“適切に”表出できないと、
歪んだ形で行動として現れることがあります。
実行すべき行為をしない“オミッション・エラー”や、実行しても正しく行わない“コミッション・エラー”といったものは、そういった隠れた怒りが引き金になるように思われます。
誰かがミスを連発する時、もしかしたら“ミスをする”ことによって、何か“表現したいことがあるのではないか”を察し、話を聴くことで解消を図れることがあるかもしれません。
もちろん、無意識的なことだとすると直接聞いても否定されるだけなので、表層的な話を聴くだけでなく、カウンセリングスキルを“効果的に”用いて聴くことができた際にという条件付ですが。。。
理想的な組織というのは、人体と同じなのかもしれません。
コア・トランスフォーメーションのワークを受けて改めて思ったことは対話の大切さです。
自分と対話、他人との対話、共に欠かせない大切なものなのでしょう。
目に見える現象だけではなく、その奥にあるものを“知りたい”と関心を持ったときにだけ、
見えるものがあるのかもしれないですね。
(ヒューマンエラーについては下記が詳しいです)
ヒューマンエラー学 ヒューマンエラーは、なぜ起こる?どう防ぐ?
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三風五雨
http://alchemistz.exblog.jp/3137288/
2006-04-02T23:56:00+09:00
2006-04-18T00:32:34+09:00
2006-04-02T23:56:39+09:00
ke-dabu
ことば
新しいことを学ぶのにはかえって邪魔なんだよ」
-『コミック ユダヤ人大富豪の教え①』 本田健=原作 大和書房 P109より-
とあるご縁でお会いした方とお話をさせて頂いたのですが、
その中で“心”と“言葉や文字”についても色々とお伺いすることができました。
真ん中に“心”があり、心を受け止めるのが“愛”というのは聞いたことがあったのですが、
面白かったのは、“心”の上に文字を乗せる、つまり、“心”を下に置く文字は沢山あるということ。
「心を下に置くから“心変わり”しやすいんだよ」と冗談めかして仰っていましたが、
個人的にはなるほどと感心しながら聞いていました。
想、思、感、急、愚、怠、怒、恐、慰、忘、恵、慈、志、意、忠、慈。。。
確かに、必ずしも悪い意味で使うわけではありませんが、
“都合よく”変化させることができるというのはあるのかもしれません。
そして、気に入ったのでタイトルにも使った“三風五雨”という言葉も教えて頂きました。
人生を10日間とした場合、3日は風が吹いて、5日は雨が降る。
晴れる日というのは2日しかない、つまり、うまく行かないのは当たり前ということ。
でも、そういう心構えでいるならば、風の日は風の日なりの過ごし方、雨の日は雨の日なりの過ごし方を考えることができ、物事に前向きに取り組むことができるということでした。
恥ずかしがらずに自分の心に正直になることの大切さと、
それを認めてくれる誰かを見つけることの重要さ。
そして、自分も他人を認めることができるように取り組む姿勢を持ち続けること。
そんなことをお聞きすることができました。
自分の小ささを実感させられるのに、逆に元気を与えてくれる器の大きい方がいて、
そういう方々にどれだけ出会うことができるのかということも大切なのでしょうね。]]>
Sympathy
http://alchemistz.exblog.jp/3053107/
2006-03-23T00:24:55+09:00
2006-03-23T00:24:55+09:00
2006-03-23T00:24:55+09:00
ke-dabu
ことば
そのときに、一度瞑った目が、さらに輝いて、また私を捉える。
「答えを聞きますか?それとも、もっと考えますか?」」
-『レタス・フライ』森博嗣著 講談社 2006年 P30より-
大切なことは“心”を配るということ。
真の笑顔を引き出すためには、相手もまだ意識していないかもしれない“答え”に、
さりげない優しさを示すことが必要なのかもしれません。
相手と真摯に向き合ったときに初めて見えてくるもの。
それをどこまで信じることができるかどうかなのでしょうね。]]>
Courage
http://alchemistz.exblog.jp/3039291/
2006-03-21T12:31:01+09:00
2006-03-21T12:31:01+09:00
2006-03-21T12:31:01+09:00
ke-dabu
体験記
つまり死ぬまでの僅かな間だけ自由に移動できるけど、やっぱり、枝に密集して、
近くの葉どうし擦れ合っていたときの感覚が本能としてしっかり残っているんだよ」
「せっかく自由になれたのにね」
-『レタス・フライ』森博嗣著 講談社 2006年 P112より-
先週の土日は【タントラへの目覚め 2DAYS】に参加してきました。
決して不純な動機で参加したのではありません!^^;
初めは参加する予定ではなかったのですが。。。
前回のダンスのワークが気分転換になったことも手伝い、その前々日ウェルカムパーティに参加してきたのですが、その時にタントラについての軽いレクチャーをしてくださったラダの口から出た言葉は「箱を破りなさい」というものでした。
「自分の感情に素直になりなさい」という意味で仰ったようです。
自己欺瞞を意味する“箱”というのは、最近の自分のキーワードでもあったので、
何かのサインではないかと思い急遽2DAYSの参加を決めたというのが経緯です。
タントラというと、とかく“性”という一面がクローズアップされがちですが、
実はその前提にあるのが“自己探求”というキーワードです。
人の感情を表す言葉に“喜怒哀楽”という言葉があるように、私たちの中には怒りや哀しみを引き起こす“混乱・苦しみ・痛み・恐怖”というものがあるのを、無意識的に知っているのかもしれません。
自分の中のそれらと対峙する自己探求という行為は、とても勇気がいることだと思います。
もちろん、自分自身で自分の内面を見つめていくこともできます。
でも、“他人を通して”自分自身を見つめるという方法もあるのだと思います。
ユングは、私たちは誰でも“コンプレックス-無意識下の心のこだわり”を持っている、
と述べました。
そして、そのコンプレックスを意識するのが主に他者との関係性においてだと思います。
目の前のパートナーと真の信頼関係を結ぶためには、
まず“自分自身と”信頼関係を結んでいなければなりません。
全てのワークを通じて自分自身と向き合うのは正直とても辛かったですが、
自分がどういうコンプレックスを持っているのかを知ることや、
なぜ“箱”に入るのかを体感できたのはとても収穫でした。
タントラも「今、ここ」という概念をとても大事にします。
口で言うとは簡単に聞こえるのですが、現在において過去を受け止め、
未来においての“過去”である“今”に責任を持って生きる、
ということは勇気が必要になるのだと感じました。
タントラを経験して感じたのは、似て非なるものという感覚でした。
カウンセリングはカウンセラーが鏡になりクライエントの気付きを促しますが、
タントラはパートナーという“鏡を通して”自分を見つめる作業が多いです。
タントラは主導権が自分にある分、修行というニュアンスが含まれる気がしました。
本来はこの後に3泊4日のセッションがあったのですが、
この先は今の自分が目指すものと違う気がして見送りました。
人間としての観点でいえば、タントラは素晴らしい思想のひとつだと思っています。
でも、参加する前は偏見を持っていたことも事実です。
体感したからこそわかったことがあり、それが今後出会う人たち、
特にカウンセラーとして関わる人たちとの良い関係作りの助けになる気がします。
今回は好奇心もありましたが、ある種の怖さも感じていました。
本当に知らない未知の世界でもありましたから。
そういう世界へ飛び込む勇気を持てたこと。
その中で自分を見失わなかったことは良い経験になりましたね。]]>
Expression
http://alchemistz.exblog.jp/2982533/
2006-03-14T02:21:28+09:00
2006-03-14T02:21:28+09:00
2006-03-14T02:21:28+09:00
ke-dabu
ビジネス
傭兵の剣は生き抜く剣。
正反対に見えどもその根底は同じ、自分が信じるものの為にある思いだ」
-『風雅天明』高里椎奈著 講談社社 2006年 P343より-
「お客様の信頼に応え、満足のいくものを提供する」
どんな業種であれ、この原則がビジネスの基本なのだと思っています。
でも、すごく抽象的に感じるのも確かです。
そのため、しばしば“信頼に応える”のと“言いなりになる”を混同してしまうことがあるのではないでしょうか。
カウンセリングにおいては、明確な“答え”というものはありません。
“その場”においてクライエントが正解(と思われるもの)を探し出す関わりこそが、
カウンセリングだからです。ある意味それが“目標”というものになります。
しかしこのプロセスの前提には“目の前の人の支援をする”という、
隠れた“高位の目標”があるのだと思います。
そのために、時には“距離を置く”ということが必要になることもあるかもしれません。
なぜなら、相手主体といえども“主導権”はカウンセラー側が持つべきだからです。
クライエントに主導権を握られてしまうと“行動”を全肯定してしまい、変化を促すことができなってしまうのではないでしょうか。“感情”は肯定-共感-するけれども“行動”は全肯定しない。こういったある種の“水臭さ”の上に成り立っているのがカウンセリングであり、その基準になるのが“魔法の輪”なのだと思っています。
もうひとつ大事なことは、“リファー”という概念。
これは、自分の力量を超えたクライエントと相対した場合、
無理をせずに上位カウンセラーや専門家(精神科医等)に委任するということです。
基本的に“精神病‐要投薬”のクライエントは扱えないので、
その差を見極める力量も必要不可欠です。
カウンセラーに必要な要素としては、自分の軸を持つこと、相手の気づきを促す柔軟性、
自分の力量を把握することではないかと感じています。
今現在は印刷業に従事しています。
ビジネスモデルが変化し、印刷業にも変革の波が押し寄せてきているのを実感する日々。
あるとき、印刷業とカウンセリングの構造が似ていることを感じました。
どちらも基本的に“受注産業”ということ。
そして「お客様は神様です」という信念に“捉われてしまう”恐れがあることです。
求められて初めて製品(解決)を提示するという作業になるので、無形のもの(信頼)を売り込むということになりますが、これはとても難しいのではないでしょうか。
信頼というのは積み重ねていくものなので、“こなせるもの”をこなしていった結果“実績”としてついてくるものだからです。
「お客様は神様です」に固執してしまうと、“無理な要望”に応えようとして結果お互いに傷ついて終わるというケースに陥ることが多々あります。
受注産業といえども、お客様の要望を冷静に判断することは必要です。
“全ての要望に応えたい”という気持ちも大切ですが、“できないことは断る”もしくは
“代わりに応えられるパートナーを見つける”ということが大事なのだと思います。
もちろん、全ての要望に応えるというシステムが正常に機能する時代背景や
その信念を活かすリーダーが存在しているのなら問題はありません。
しかし、現状を冷静に分析しその信念が負担になっているのならば、
新しい対応策を考えなければならないのでしょう。
今まで学んできた知識を全て残し役立てること。
カウンセリングを取り入れた仕事のやり方を有効な形で引き継ぐこと。
以前も述べましたが、それをすることが会社への恩返しだと思っています。
まず、“魔法の輪”となる明確な基準を設けること。
それが結果、信頼に結びつくのだと思います。
基準を持つことはとても難しいことです。
それは人から言われることではなく、“自分で決める”ということですから。
諸先輩方を尊敬していないわけではありません。
話を聞いたり、日常業務の中でそれとなく変化を促してはいたのですが。。。
でも、ある信念において一時代を築いてきた諸先輩方にとって、
その信念はもう既に“半身”になっているのかもしれません。
それを否定することはその人の存在自体を否定することにも繋がるのでしょう。
今回の僕の失敗はそれに対する配慮を欠いたことだったと思っています。
問題に捉われ過ぎてはいけないという良い経験になりました。]]>
Simple Relationship
http://alchemistz.exblog.jp/2971313/
2006-03-12T22:13:45+09:00
2006-03-12T22:13:45+09:00
2006-03-12T22:13:45+09:00
ke-dabu
カウンセリング
コアトラの興奮も冷めやらぬ中、月曜日は伊豆高原まで行ってきました。
講座のアニマルセラピー一日体験ということで伊豆にあるドッグフォレストへ。
犬の世話やしつけのレクチャーとふれあい、そしてアートセラピーを行うというもの。
研修も兼ねていたので早めに現地入りして自然の中でリラックス^^
さくらも満開で春の陽気を楽しむことができました。
簡単な場作りをしてから、そのまま受講生としてレクチャーを受ける。
基本姿勢としては、
犬(動物)の習性を理解する。
犬(動物)との関わり方を教えることができる。
ということ。
犬は社会性のある動物なので、上のものに危害を加えることは、滅多にないそうです。
そして、“吠える”などの警戒サインを多く持っているということは、“咬む”などの直接危害を加える行動を起こす可能性が少ないということでした。
つまり、犬が人を咬んだら(not甘咬み)犬ではなく人に原因があると考えられるということが多いそうです。
ゆっくり近づいて警戒心を与えずに近づきふれあうということは、
相手に対して敬意を払うということにもつながります。
具体的には、
横から近づく(not正面)
下から“グー”を作って手の甲の匂いを嗅がせる(not上から)
胸~背中~頭と順にふれていく
などです。
犬との関わりは、人との関わりを簡略化したシンプルなものですが、
そこにはとても大事なことが含まれているということでした。
そして実際に子犬を抱くというワーク。
片手をお尻に、そしてもう一方の手で胸を支え、身体に密着させるのが基本形。
幼児に教える場合は、必ず座らせてから行うということも必要とのことでした。
これは、安定させることと何かあった際のフォローをしやすくするためだそうです。
何人か続けて抱いていると、子犬が大きなあくびをする。
これは“カーミングシグナル”といって緊張で固まった身体をほぐすというしぐさの一種。
犬は緊張やストレスを感じたときに普段と違ったしぐさや行動をとることがあるので、
そういったシグナルをよく知ることがコミュニケーションの秘訣ということでした。
それからパートナーを一頭選び、実際にふれあったり散歩や活動の際の注意事項などのレクチャーを受ける。
そのパートナーを選んだ理由やパートナーは「今どんな気持ちか」、「話せるとしたらどんなことを話すか」などを観察し投影法を使った自己分析とシェアも面白かったですね。
最後はアートのシェア。
来た時に書いた絵とふれあい後に描いた絵を比較すると、違いは一目瞭然。
色使いが豊富になったり、暖色系がメインになったり、用紙一面を使って描くなど、第一印象が明るく暖かいものに変化しているものがほとんど。
今回は少人数ということもあってかなり深いセッションに。。。
もちろん、リードカウンセラーの力量に負うところも大きかったのですが、
心の奥深いところにある感情を引き出す自然と動物の影響力を感じることができました。
以前も感じたことなのですが、子どもに対して以上に社会人に対して効果がある活動のように思います。普段感情を抑圧していることが多いので、心が温まると感情を表現したくなるなりますし、絵を通して言語化することにより、得られる気づきやカタルシスといったものも期待できます。
社会人となると、今回のような平日でのプログラムはなかなか参加することができませんし、かといって休日では親子連れが対象になり、特に子どもがメインになってしまいます。
そんなことを帰りの電車の中で考えていました。
「僕は今まで「啼かぬなら啼くまで待とうホトトギス」だと思っていたのですが、ここ最近の自分を見ていると、「啼かぬなら啼かせてみようホトトギス」のような気がするんです」
「そっか、最近は「啼かぬなら啼かせてみようホトトギス」のような気がするんだ?」
「はい、自分でも不思議ですが。。。先生はどのタイプですか?」
「私は…」]]>
Systems Approach
http://alchemistz.exblog.jp/2941453/
2006-03-09T00:28:42+09:00
2006-03-09T01:14:28+09:00
2006-03-09T00:28:42+09:00
ke-dabu
カウンセリング
しかし、それらを戴いている『面』に気付いていないんじゃないかと思う」
-『QED 神器封殺』高田崇史著 講談社 2006年 P118より-
“伝える”技術の未熟さを痛感する日々。
語彙の少なさや微妙なニュアンスを表す単語が不足している気がします。
例えば、ずっと引っかかっていた“客観性”という言葉。
一般的には間違った使い方をしていたような気がします。
では何なのかというと、“円環的思考”というものでした。
これは“システムズアプローチ”という考え方で、臨床的には主に家族療法などで用いられることが多いのですが、狭義の心理療法にとどまらず、教育や産業の現場などにも広く
応用できるもののようです。
円環的に物事を考える資質の一つに「思い込みの少なさ」が上げられていることから、
客観性というものも若干含んでいる様子ですが。。。
自分が関わらない“観る”の視点においては柔軟に考えることができるので、沢山の仮説が立てやすく、後付けですが“結果”当たっていると感じる場合が多いのかもしれません。
人の心を100%読むことは絶対に不可能だと思っています。
でも、100%にどれだけ近づけるように熱意を込めて関わろうとする心構えが一番大事なことだとも思っていました。そうすることで見えてくる“背景-システム”もあるからです。
しかし、薄々は感じていたのですが“システムズアプローチ”を取り入れた場合、そういった熱意が逆効果になる可能性が高いということもきちんと理解する必要があったようです。
ここ最近の自分を振り返ってみると、システムに巻き込まれて自分を見失っていたことに
気付きます。正義の味方とカウンセラー・セラピストは違うものですから。。。
もし、システムズアプローチを行うならば、目的は何なのか、自分の立ち位置はどうなのか、周囲を傷つけていないかなど、冷静さを保ちつつ対処していくにはある種の“演技”も
必要になるのかもしれません。
目的意識をはっきりすること、周囲の協力を仰ぐこと、そのために意思疎通のスキルを磨くこと。今回はそんな教訓を得た気がします。
苦言を呈してくださった方々には、反省と感謝の念を抱いております。
本当にありがとうございました。]]>
コア・トランスフォーメーションセミナー
http://alchemistz.exblog.jp/2939029/
2006-03-08T21:09:15+09:00
2006-03-09T01:06:57+09:00
2006-03-08T21:09:15+09:00
ke-dabu
体験記
ひとつの調和を作り出すであろう-ルーミー」
-『コア・トランスフォーメーション』コニリー・アンドレアス&タマラ・アンドレアス著
春秋社 2004年 P27より-
土曜日曜と【ありがとう血盟】主催の「コア・トランスフォーメーション」セミナーに参加させて頂きました。
このワークは、私たちが普段意識していない“無意識”に焦点を当てるというもの。
無意識には必ず自分を護ろうとする意図があります。
それが“肯定的意図”と呼ばれるもので、私たちが欠点だと思っていることや「直したい」と思っていることも突き詰めて行くと、実は自分を護るためにその行動を起こしていると考えられるということです。
例えば、どうしても泥酔癖が直らないという行動の裏側には、もしかしたら、泥酔することによって注目を集め自己顕示欲を満たしたり、誰かに世話をしてもらいたいという保護欲求を満たして今の自分を保っているのかもしれません。
自分の意思に反して行動をしてしまった場合、その時の行動を省みた時、私たちの中にそうさせてしまう“何か-パート”があると考えます。
それを無視するのではなく、そのパートと対話することでその裏にある肯定的意図を探り、自己の最深層にある“コア・ステート”にたどり着くまで更に深い部分へ問いかけを続け、コア・ステートを体験し変容するプロセスがコア・トランスフォーメーション・プロセスということでした。
個人的には“スポンサーシップメッセージ”という概念を学べたことが大きかったです。
スポンサーシップとは、クライエントの潜在能力を引き出すことと、そのために安全な場の確保をするということ。これはクライエントと“アイデンティティレベル”で関わることを意味するので、非常に重要だと感じました。
「あなたを見ています」とか「あなたには価値がある」というポジティブスポンサーシップをもらえたなら、人はどんどん育っていくのでしょう。
相手を信じて能力を発揮するのを待つということは口で言うほど簡単なことではないですが、何かをしてあげるのではなく、スポンサーシップを発揮することこそが“本当の優しさ”なのかもしれません。
くれぐれも「あなたを見ていない」というノンスポンサーシップや「あなたはここにいるべきではない」というネガティブスポンサーシップを用いないように心掛ける必要性を感じました(反省することしきり。。。)
また“アイデンティティマトリックス”というコア・ステートやシャドウ(影)などを扱ったタイムラインのワークからも得るものが大きかったです。
その中でコアステートやシャドウなどをシンボル化して絵を描いたのですが、僕のシンボルは“壮大な山々”(コア・ステート)と“噴火中の山”(シャドウ)でした。
よくよく考えてみるととても深いものがあったり。
僕の身に付けているスキルは基本的に受身のもの。
カウンセリングスキルも然り、構えることによって冷静さを保てるから客観的になれる部分が多い気がします。受け入れるというイメージかな。
逆に“自分から”行動を起こそうとした場合には、かなり“感情”に支配されてしまうことを最近実感しています。“~すべき”という義務感や責任感に捉われて冷静さを欠くことが多々あります。猪突猛進のイメージ^^;
「人の話が聞けない自分がいる時がある」という自分の課題を考えた時、苦手な状況や人物と対峙した時には、無理に平静を保とうとしてシャドウ(おそらくは怒り)を押さえ込むのではなく、その存在に気づき、コア・ステートを体験して落ち着くようにすればよいのでしょう。
NLPに惹かれているのに本格的に学べないのは無意識が止めているからなのでしょうか。
強力なスキルであるNLPを学ぶのはまだ早すぎるということなのかなぁ。。。なんてことも考えてみたり^^;
山崎先生は穏やかなのに存在感のある素敵な方でした。
話し方や間の取り方など雰囲気作りもとても素晴らしく、参考にさせて頂けたところも非常に多かったです。“本物のプロ”という印象がとても強かったです。
久々にお会いした菊池コーチはとても落ち着いた雰囲気でした。
やはり、実践されている方は違いますね。羨ましい!のひと言^^
そして素晴らしいセミナーを企画して頂いた有楽斎さん、メセニさん、そして同じ時を過ごした皆さんに感謝致します。]]>
Tantra
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2006-03-05T07:51:18+09:00
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ke-dabu
体験記
金曜は友人のお誘いで、とあるダンスを中心としたワークショップに参加してきました。
ライブなどからも遠ざかっていたし、気分転換の意味も兼ねて参加することに。
参加人数は10人前後。会場を広く使い、アンビエント、ラテン、トランス、ヒーリングなどのジャンルの違う音楽が色々と織り交ぜられて流れる中、クラブのような感じで音に身を任せてただ踊るだけ。
初めは久々で少しぎこちなかったですが、目を閉じて音楽を感じながら自分の身体に注意を向けていくと、スムーズに身体が動きリラックスして良い気分に。
踊り続けていると、場の一体感というものを感じるようになって、他の場所に移動したくなったり、誰かパートナーを見つけて一緒に踊りたくなったのは本当に不思議な感じ。
行きたい空いているスペースに移動して踊ったり、途中でペアを組んで一緒に踊ったり。
でも、それがスムーズに行えたり、少しも苦にならなかったのは、自分の感覚に忠実だったからなのでしょうね。
実はこれはタントラというものでした。
その中でダンスを中心としたものでそんなに深いものではなかった様子ですが、こういった感覚を刺激するワークも楽しいですね。
挨拶時の“ハグ”も恥ずかしいですが、結構いいものだと思ったり^^;
なかなかしない経験ですから。
新しい世界も見れてとても有意義な体験でした。]]>
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