「そうなんだ。しかしそうでないことははっきりしている。
誰かを非難しているときには、その原因は相手にではなく自分にある」
-『箱 GETTING OUT OF THE BOX』 ジ・アービンガー・インスティチュート著
富永星訳 文春ネスコ 2001年 P234より-
今日は【冬の短期集中セミナー/メンタルトレーニング編】に参加してきた。
アイ・ディア式のメンタルトレーニングとはどういうものかということでレクチャーを受ける。
以前は一流アスリート向けのプログラムだと聞いていたので、関心を払っていなかったのだが、友人などから情報収集しているとそれだけではない様子。例えば、セルフケアなどにも使えそうということで参加しようと決める。
まずは、心理カウンセリングとメンタルトレーニングとの違いから。
心理カウンセリングは“問題解決”の手法。
状況を把握して整理すること、感情を理解して表現や行動の支援をすること。
基本的にマイナスからニュートラルへ持ち上げるもの。
メンタルトレーニングは“達成感や充実感”を支援する手法。
夢へのアプローチや目標達成などを扱うことになる。
“目標”の意味としては、「何ができるか」といったスキル的なものではなく、
「どう在りたいのか-どういう人生を送りたいのか」という人生の質に関してということ。
『人生脚本』の書き換えの支援と考えるとわかりやすいかもしれない。
目標達成に有効な手法として「コーチング」があるが、差別化としては人生脚本を扱う点。その人特有のコミュニケーションパターンや原体験への対応といったものはカウンセリング手法に大きく負うところがある。トラウマなどの繊細な問題には知識がないとかえって危険だったりするのではないかと思う。
個人的にはタイムラインと共通するものがある気がする。
以前体験させて頂いたものは、プラスの原体験を再体験し、そのエネルギーを利用して、未来の自分(なりたい自分)を体験するというもの。無意識下において人生脚本の書き換えを行う作業だったような気がする。
タイムラインがハード路線に対して、メンタルトレーニングはソフト路線なのかな。
また、メンタルトレーニングの場合、アスリート向けのプログラムでもあるので、身体と心のつながりにより重点を置くのがカウンセリングとの相違点。
私たちがプレッシャーで潰れるのはそれに関する知識に乏しいから。
ハイプレッシャーの中で“無防備”でいるならば、プレッシャーに負けるのは仕方のないことなのかもしれない。
例えば“ポジショニング”というスキルで自分の中にしっかりとした軸を作り、周囲の影響力に流されないようにしたり、“クリアリング”というスキルで感情を吐き出し、ストレスに対する柔軟性を身に付けるといったことを知っていれば、それだけ自身のメンタルケアにも通じると思う。
カウンセラーなどのヒューマンサポートサービスに関わる人々は、まず自身のケアを考えることが必要。自身が癒されていなければより良いものの提供は難しいから。
そして、一番大事なことは“意志を持つ”ということ。
自分の人生を決められるのは自分だけ。
本気で自分の人生に関わることを考えた時にだけ、脚本の書き換えができるのだと思う。
人は目標や夢を持つと同時に、不安も一緒に持ってしまう。
夢に向かって歩き出すと決めたなら、重荷になる不安を取り除けばいいだけ。
その支援をするのが“メンタルトレーナー”とのこと。
カウンセラーを目指したいという人は結構増えてきていると思う。
そのときに口にする「人を癒す仕事がしたい」という言葉の“癒す”というのはどこまでのことを言っているのだろうか、ということをふと考えた。
多分、ニュートラルまでではないのだろう。
それならば、その先の書き換えに重点を置いたスキルも学ぶ必要性がある気がする。
もちろん、NRなどで自己治癒していく人もいるが、多数はそうではないかもしれない。
そういった方々へのアプローチとしては身に付けておいた方がいいのだろう。
提供する側としてのセルフケアにも有用なのだから。